2019年4月1日月曜日

砂山小ものがたり No.2 4/1 「61年前の学校日誌」 閉校まであと364日

平成最後となる平成31年度が本日スタート。
同時に、砂山小学校最後となる年度も、本日4月1日にスタートしました。
同日午前11時40分過ぎ、新元号「令和」が発表されました。
令和2年3月31日をもって、砂山小学校は62年の歴史に幕を下ろすことになります。
昭和の後半から平成、そして令和まで、砂山小学校は、3元号に渡り、その歩みを刻んできたことになります。
先日、校長室を整理していたら、創立初年度(昭和33年度)の学校日誌が出てきました。表紙には「昭和三十三年度」という年度、「学校日誌」というタイトルと、学校名が書かれています。実は、昭和33年度の学校日誌は、2冊ありました。
「平林第二小学校」と書かれある学校日誌と、「牛屋小学校」と書かれてある学校日誌です。
「平林第二小学校」学校日誌の初日、4月1日の行事の欄には、「職員出勤日」とだけ書かれています。
「牛屋小学校」学校日誌は、4月4日金曜日から始まっており、その日の天候は「晴れ」、行事の欄には、「全職員出勤日 新入学児童机等配列 その他新学期準備のため」と記載されています。また、その他の欄には、「四月三日 木炭二十七俵入荷」と書かれています。
昭和33年4月1日に、塩谷小学校と牛屋小学校が統合されて、「平林第二小学校」として創立した砂山小学校ですが、2つの校舎のままで、子どもたちは学んでいたようです。
砂山小学校『創立10周年記念誌』には、「十年の歩み」として、次のような記述があります。

昭和33・4・1 ○塩谷小学校と牛屋小学校を統合して,平林第二小学校を創設
         ○校舎未完成のため,旧両校舎で,それぞれ児童を収容
         ○初代校長として松田千代蔵氏就任
昭和33・7・8 ○統合校舎竣工式

それぞれの校舎での学びは、まだしばらくは続くことになります。
創立61年後の校舎と61年前の「学校日誌」の写真です。